日経アジア社は8月28日、シャングリラ・ホテル・シドニーで「アジア、オセアニアの経済・政治の展望と日本の関わり」をテーマにセミナーを開いた。このセミナーで、後藤康浩・日本経済新聞社編集局アジア部長は、「アジア各国は成長のカベに直面しているが、とくに中国は今、成長の持続に深刻な不安が出ている」として、アジアの成長が踊り場に差し掛かっていると指摘。続いて、高佐知宏・日本経済新聞社シドニー支局長が、「豪州経済はバブルとは言えない。また、ラッド首相は中国に急接近しているが、それはただちに日本軽視にはつながらない」との見方を示した。後藤、高佐両氏の講演のあらましは以下の通り。

アジアの経済・政治の展望

後藤 康浩・日本経済新聞社編集局アジア部長

アジアの成長はカベに、中国には深刻な不安

2008年のアジアの経済成長は、2007年の8.7%(実質)に比べて減速する見通しだ。サブプライム問題の影響で世界経済全体が昨年の5%台の成長からことしは3%台に減速する。米国の景気減速により、アジアの対米輸出は急減速する。中国、インド、ASEAN諸国は、内需だけでは高度成長を維持できない。しかも、原油や食糧品価格の高騰からインフレが高進するとともに、貿易収支が悪化して通貨価値が下がり、国民生活に深刻な影響が出ている。株式と不動産の「双子のバブル」も崩壊し、これが消費にも悪影響を与えている。上海の株式市場は昨年10月の最高値から60%も下落している。

アジアの成長はカベにぶつかっている。この中で、とくに深刻なのは中国だ。2005年7月に、中国の通貨、人民元が切り上がり始めてから対ドルで20%、対円では7%きり上がった。一方で、最低賃金も年率10%前後で上昇している。その結果、アジアの国々の中で、中国の賃金はもはやそれほど安くはなくなっている。このため、広東省の東莞に進出した台湾企業や、山東省の青島に進出した韓国企業などの中には「夜逃げ」のように撤退しているケースが出ている。

中国、インド、ASEANの間の競争力が平準化してきたというのが今日の情況だ。中国の産業の中でも、縫製、玩具、電子部品、家電、自動車部品などはASEANの中でもコストの低いベトナムなどに移転を始めている。中国のモノづくりの強みはもはや、低コストではない。今後は、素材、部品、完成品メーカーが渾然一体となって生産インフラを構成する「プロダクションモール」機能、また蓄積された顧客情報、技術情報などの情報力で勝負する時代になってきた。


開発独裁には限界、民主化なくして先進国にはなれない

中国が改革開放政策を始めてから30年経った。この過程で富裕層が生まれ、所得格差が広がった。日本では量産されていないBMWやベンツが中国では量産されている。アテネ五輪金メダリストで、北京五輪の陸上110メートル障害の予選で棄権した中国の劉翔選手の年収は日本円で20億円と言われ、もし今回も金メダルをとっていたら130億円に跳ね上がっていたとの見方もあった。彼は予選で棄権したことで国民の非難を浴びたが、その背景には経済格差の拡大への国民の不満がある。中国は共産党の一党支配のもとで成長を促進してきたが、アジアの特有の開発独裁型は、ある段階を超えると成長の阻害要因となる。中国が先進国の仲間入りをするためには、政治面での「改革開放」、すなわち民主化が必要だ。

冷戦後の途上国の新成長メカニズムとしては、
1.先進国企業の進出で雇用が創出される、
2.所得や生活水準が向上する、
3.モノ、サービスの消費が拡大する、
4.エネルギー・鉱物資源など原料の需要が増える、
5.資源国の経済が活性化する、
6.資源マネーが先進国に還流する、
そして、これがまた、1.の先進国から途上国への企業進出につながるというサイクルだ。 イスラム過激派のテロによる資源の高騰や、経済格差の拡大による社会矛盾の深刻化は、新成長メカニズムが働く上で妨げとなる恐れがある。


オーストラリアの政治・経済の展望と日本の役割

高佐知宏・日本経済新聞社シドニー支局長

豪州経済はバブルにあらず 

豪州経済の拡大は、18世紀の入植の時代以来の長さで続いており、そろそろ息切れするのではないかとの見方が出ている。しかし、私は、現在の豪州経済はバブルではないと見ている。今後、景気後退のリスクは高まるだろうが、一夜にして谷底に落ち込んだり、10年間続く不景気になったりすることはないと思う。そもそもバブルとは、一部の資産価格が、経済のファンダメンタルズでは説明できない水準になることを言う。しかし、今の豪州経済を見ると、輸出は資源や農産品が中心で競争相手がおらず、不動産価格も移民の流入による実需が支えになっている。金融面でも、世界に「覇」を唱えるわけではないし、欧米並みの規律があって健全性は失われていない。

もっとも、豪州経済を長期に展望するとリスクもある。新興国の需要増加によって資源・エネルギー価格が上昇しているが、開発投資が不十分だ。また、熟練労働者が不足している。さらには、資源ブームが終焉した時に、輸出による外貨収入が激減する恐れがある。政府は、これに対し、サービス産業の誘致のための規制緩和や高度な技術を持つ人材の育成などを進めているが、いずれも時間がかかりそうだ。

ラッド政権は人づくりと産業誘致に注力 

ただ、ラッド首相には時間がある。オーストラリアでは戦後、首相の寿命は平均5年10ヶ月だ。これは日本の2年5ヶ月と比べると倍以上長い。ラッド政権は3期6年務める可能性が高く、首相自身、自分はこの秋選ばれる米国の大統領の任期が終わった後まで自分は首相の座にあると意識しているはずである。長期安定政権ならば、豊富な財政黒字を下支えに、人づくりと産業振興を進めることは十分可能だろう。

また、ラッド首相は、北京五輪の開会式に出席のため訪中した際、流暢な中国語で演説したことなどから、中国への傾斜を強めていると言われる。しかし、私は、それによってすでに強固な関係を築いている日本との関係を軽視しようとは考えていないと思う。むしろ、日本や米国との良好な関係を基礎に、中国との関係も深め、外交の舞台でも存在感を示したいと考えているのではないか。


[ 講師略歴 ]

後藤康浩(ごとう・やすひろ)=1984年日本経済新聞社入社、東京本社編集局社会部勤務などを経て1988年バーレーン支局長、1990年ロンドン駐在、1992年東京本社編集局産業部勤務。1997年北京(中国総局)駐在。その後、産業部編集委員、論説委員などを経て2008年から現職。著書に「強い工場―モノづくり日本の現場力」など。

高佐知宏(たかさ・ともひろ)=1992年日本経済新聞社入社、東京本社編集局整理部配属。その後、産業部、大阪経済部経済部勤務などを経て、2006年から現職。この間、2001年に英国留学(1年間)。